今日から即効で自信満々な人になるための最強の方法

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こんにちは!

 

今日は私たちが幸せに生きていく上で欠かすことのできない自信についてのお話です。

 

あなたは自信が持てずに悩んでいませんか?

自信が持てないのはあなた自身に問題があるのではなく、あなたの思考法に問題があります。

 

この記事で書いていることは些末なテクニックではなく、本質的な思考法です。

この記事を読むことで、どんな人でもすぐに自信が持てるようになりますよ。

 

 

いつものように結論からお伝えしますね。

 

まず前提として、承認欲求は否定できません。

これを否定するのは食欲を否定するのと同じことで、私たちはどこまでいっても他者からの承認によって自信を得るものです。

 

しかし、その満たし方が大切です。

つまり、自分の承認欲求が満たされることを赤ちゃんのように待っているのではなく、自分からありのままの姿でありのままの相手の姿を引き出し、それ自体を承認してあげることです。

具体的には、まずはありのままの自分の姿を提示してあげることで相手に安心してもらった上で、相手の話を笑顔で頷いて聞いてあげることです。

好かれるために格好つけたり、嫌われないように本心を出さなかったりすれば相手だっていつまでも仮面を被ったままです。

 

これは精神的自立を果たした人ならば当然の態度です。

だって世界の中心が自分ではない以上、誰かと深く付き合うことを望むのであればいずれどちらかが先にありのままの姿をさらけ出す必要があるからです。

 

その結果、ありのままの自分を拒絶されてしまうこともあるかもしれません。

それは相手が決めることなので自分にはどうすることもできません。

そこまで操作しようとするのは自分中心の世界観が残っているということであり、まだ依存状態だということです。

しかしほとんどの人はまず自分の承認を求めるという自己中心的な世界観を持っているため、先にありのままの姿で、堂々としているあなたから承認を得ることで競争する必要がないあなたのことを貴重な存在であると実感し、結果として深い関係を築ける可能性が高くなります。

 

結果としてあなたは、自立を果たしているからこそありのままの姿で行動することができ、自分から相手を承認してあげる過程で他者承認も得ることができます。

承認を満たして「もらおう」としている限り、誰からも承認を満たして「もらえない」ということです。

 

これ、単純なようで深い話ですよ。

 

よく分かんないと思うので、解説していきますね。

 

 

「自信がない」って大問題

 

ところでみなさん、自信って持ってますか?

 

、、、、、、なかなか自信を持って自信を持っている(?)って答えられる人も少ないかと思います。

逆に自信がないことに自信満々な人ばっかりです。。

 

でも、自信を持つことに自信を持てていないって結構やばい状態ですよ!

・・・・・なんか妙な言い回しではありますが、本当にやばいです。

 

どうして自信を持てていないとやばいのかというと、私たちは自信がない状態では幸せになることができないからです。

 

なぜそう言い切れるのか?

それは、「自分のことを好きでいたい」という欲求は食欲や睡眠欲と同じように私たちにとって根源的な欲求だからです。

 

そもそも私たち人類は、一人では生きていくことができません。

古代まで遡ると、狩猟や採集をするためには集団で生きていかざるを得ませんでした。

そのうち工業が発展すると、集団で何かを生産することによって生き伸びてきました。

これはサービス産業に従事する人がほとんどになった現代においても同じで、あなたが何かをサービスする際にも相手がいなければお金を得ることはできません。

 

もっと言うと、この世界に自分以外の他者がいなければ幸せを感じることなどできません。

 

想像してみてください。突然自分一人を残して世界中の人間が消えてしまったら、、、

むかしドラえもんの「独裁スイッチ」っていうお話でもあったように、もはや生きる気力さえなくなるでしょう。

 

つまり、私たちは他者がいないと生きていけないし、幸せになることもできないのです。

だからみんな自分の存在価値を常に実感していたい。

というか実感できない状態が不安で耐えられないわけです。

自分に価値がないということは、周りの人間から無視されてしまう、つまり社会生活における「死」を意味するからです。

誰かから自分の価値を認めてもらえたらこの上なく嬉しいし、自分自身で自分の価値を常に実感していないとそれこそ死ぬほど辛いわけです。

 

だって、小学校や中学校での「無視」っていう仕打ちは何ものにも変えられないほどに辛いものですからね。

自分もそうですが、経験がある人ならわかると思います。

無視されたって身体的にはなんの苦痛もないわけです。

しかもそんなことをする人たちとなんて仲良くなる必要もない。

 

でも、小学生や中学生にとっては、教室=世界なわけです。

世界において自分の存在を完全に無視されるというのは、文字通り「死ぬ」ほど苦痛なんですよね。

それだけ、私たちは自分の存在価値を実感していたいわけです。

 

自信を持てないという状態は、満足にごはんが食べられないという状態と、根源的欲求が満たされないという点では全く同じです。

つまり、やばい状態だということです。

 

ファッション的世界観

 

たとえば赤ちゃんは、ママがいなくなった途端に泣き出したりします。

これは、自分のことを守ってくれる存在を自分のもとにつなぎ止めておくための本能的な行動です。

赤ちゃんはママがいなければ生きていくことができませんからね。

少しでもママがいなくなったりしたらもう不安で仕方ないわけです。

 

で、そんな赤ちゃんはかわいくて仕方ないんですけど、問題はこの本能は大人になっても消えないってことです。

だってたとえ年齢的に大人になったとしても、依然として一人で生きていくことも幸せになることもできないからです。

ノマドワーカーとか個人の時代だとか言っても、結局人は自分以外の誰かがいるから幸せを感じることができるわけです。

私たちは承認欲求から逃れることはできないんです。

 

たとえば大の大人が、自分の世話をしてくれる母親が側にいなくなった途端にギャーギャー泣き出したらどう思いますか?

 

・・・・・・引きますよね。当然です。だから誰もそんなことしません。

でも承認欲求は満たしたい。自分の存在意義を社会に認めてもらって安心したい。

そこで何をするかというと、みんなSNSを始めるわけです。

 

SNSの本質は、仮面を被った人たちがお互いの承認欲求を満たし合う仮想空間です。

SNS上ではいつだって理想の自分が主役。そして理想になりきった仮の自分の承認欲求が満たされることで私たちの脳には大量のドーパミンが流れて快感を覚えます。

だからここまで短期間で世界中にSNSが広まっていったわけです。

 

つまり、みんな競争をしているわけです。

 

友達の数だとか、フォロワーの数だとか、つるんでいる人のイケてる度(アホくさ)だとか、話のおもしろさだとか。

社会人になると学歴だとか、年収だとか、肩書きだとか、有名人との交友関係だとか、息子の就職先だとか。

 

これらの分野において、上であればあるほど「すごい」という設定になっています。

だから、みんな一生懸命自分にこれらのアクセサリーをぺたぺたと貼り付けます。

まるでファッションショーのように、「自分はこんなに価値のある人間ですよ」と示すための飾りを自らに貼り付けることに夢中です。

いわば点取りゲームですね。自分が選んだ価値観の上で上に行けば「勝ち」、下に行けば「負け」です。

より豪華なドレスを作り上げた人が勝ちです。

こうして私たちは優越感を持ったり劣等感を抱いたりします。

 

こんな面倒なことをするのも、自分の存在をなんらかの価値観の上で定義しなければ不安で仕方ないからです。

 

でも、本当にあなたが抱いている価値観というフィールドで上に上り詰めることは、「あなた自身の価値」を示してくれるでしょうか?

だってよく考えてみてください。

 

この世界にはあらゆる人が存在しています。

一人として同じ人は存在せず、みんな違っています。

顔が良い人悪い人、太っている人痩せている人、背の高い人低い人、話が上手な人口下手な人、音楽が得意な人音痴な人、社交的な人内向的な人、おしゃれな人センスがない人、年収が高い人低い人、、、

本当にあらゆる人がいます。

その中でなんらかの価値観を拾ってきて、その価値観の中で自分を定義して束の間の優越感を持ったりどうしようもない劣等感を抱いたりしている世界。

 

これって赤ちゃんがママの注意を引くために泣いているのとなにも変わりませんよ。

適当な価値観を持って来て、「自分のことを見て!」とみんなが必死に騒いでいるわけです。

 

これが、ファッション的世界観です。

 

他者からの承認を得るのではなく、自分が他者を承認する

思い出してください。

あなたは世界の中心ではありませんでしたよね。(※過去記事参照

これはつまり、自分の承認が満たされることを待っているだけでは、いつまで経ってもあなたは満たされないということです。

だって赤ちゃんや子供の頃はともかくとして、自分はなにも犠牲を払わないのに相手が自分のために犠牲を払ってくれることなどないからです。

 

だから、まずはあなたが目の前の相手を承認することです。

これは決してお世辞を言えと言っているのではありません。むしろ逆です。

お世辞を言ったり相手に気に入られるように根回しをすることなく、ありのままのあなたで目の前の相手と真摯に向かい合うということです。

 

ありのままのあなたの姿を相手に示してあげるということは怖いことです。

なぜなら、その結果自分が嫌われてしまったら自分の存在価値が感じられなくなるからです。

 

しかしそれは相手も同じです。

 

他者からの承認を求めて右往左往している人ばかりの世の中で、あなたがありのままの姿を先に示してあげる。

これは愛です。

自立している人は例外なくこれができる人です。

すると、相手も「この人とは競争をしなくてもいいんだな」と感じて自分をさらけ出してくれるようになります。

 

競争で疲れ果てている人だらけの中で、ありのままの姿をさらけ出し、ありのままの自分の姿を承認してくれる人はめちゃくちゃ貴重な存在です。

承認を求めてぺたぺたと自分にアクセサリーを貼ってしまう人は他者からの承認を求めて生きているという点で自分勝手な人です。

依存している人です。

赤ちゃんです。

 

それに対して、ありのままの自分の姿をさらけ出してありのままの相手を認めてあげる人は自立している人です。

魅力が溢れているのでそんな人の周りには幸せがたくさん溢れています。

 

奪うのではなく、与える人。

 

この生き方が「正しい」わけではありません。

しかし、幸せになる人というのは、経済的成功や社会的名誉などとは全く関係なく、精神的に自立している人です。

そして精神的に自立している人は、いつだってありのままの姿でいられる強さを持っていますし、ありのままでいるからこそ目の前の人に対しても安心感を与えることができて交友関係においても恵まれます。

結果として、承認欲求もいつの間にか満たされています。

 

まずはありのままの自分の姿を受け入れる。

ありのままの姿で生きていくから人にも恵まれる。

結果として他者承認も得られる。

 

くだらない価値観の上で上を目指すことで自分勝手に承認欲求を満たしてもらおうとするのではなく、ありのままの自分の姿でまずはありのままに目の前の人の姿を認めてあげる。

そんな優しさを持っている人だけが、絶対的な自信を手に入れ、幸せになることができます。

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