ありのままの自分に誇りを持って生きること。

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shibuya

こんにちは。

 

突然ですが、あなたはクリエイターでしょうか?

 

まあこんなことを聞かれて返ってくる答えはただ一つ、「違うよ」でしょう。

職業として見た時のクリエイターっていう人種は少ないですからね。

 

でも私がここで言っているのは一般的な意味でのクリエイターではありません。

誰かが作った世界観を拾って再利用している人なのか、それともあらゆる情報に触れた中で自分の中でそれらを再合成をして、新たな価値観を生み出して生きている人なのか。

もちろん前者がフォロワーで、後者がクリエイターです。

 

どちらが正しいわけでも、どちらが良いわけでもありません。

ただ、どうせ生きていくならオリジナルの自分を世界に示してあげた方が自分のこと大好きになれるよって話です。

適当な価値観を拾ってきて自分を保っている現代人

例えば、憧れのモデルさんが着ていたワンピースをゲットしてハッピーなのがフォロワーで、憧れの女優さんを含めあらゆる情報の中から「自分の好き」を生み出してその価値観を世界に対して示している人がクリエイターです。

どちらも情報に接することで自分の身なりや行動を変えていることに違いはありませんが、クリエイターは自分の感性を発揮しているという点で決定的に異なっています。

 

ワンピースだってそれが好きだから買ったのよ!って思われるかもしれませんが、好きなのはワンピースではなく実はそのワンピースを着ていたモデルさんだったってこと、よくありますよ。

 

だって腰パンやら第二ボタンやらソックタッチやら短いソックスやら、、高校生の制服は時代によって「イケてる」が変わりますよね。

 

彼ら彼女らはそれがイケてるからやっているわけですが、実はそれはイケてる誰か(多くは雑誌のモデルとか)がやり始めたに過ぎないわけです。

 

なにも物に限った話ではありません。

この世界にはあらゆる価値観が存在します。

 

東大はすごいとか、

何かを生み出せる人は格好良いとか、

社長は偉いとか、

イケメンや美女の方が良いとか。

 

その中で自分が選んだ価値観を自分にあてて(イケメンは顔、東大出身者は学歴、経営者は経常利益とか)、その価値観の中で自分をなんとか保っているのが現代人でしたよね。

そうしないと不安で生きていけないからです。(※過去記事参照

 

でも、こんな価値観は普遍的なものではなく、その人の本質的な価値を表しているわけではありませんでしたね。

経営者として成功しているのであればお金持ちになり、東大を出たのなら大企業に就職できる可能性が高いだけです。

 

ただそれだけ。人に付随するこれらの情報はその人自身の価値にはなんの関係もありません。

 

このように私たちはあらゆるアクセサリーを有形無形問わず身に纏い、既存の価値観に自分を照らし合わせて生きているわけです。

そこに自らの感性というオリジナリティはありません。

 

みんながフォロワー

で、私たちは自分でいまの趣味趣向を「選んだ」気になっていますが、実際はそうではない可能性が非常に高いです。

なぜかというと、気を抜いたらすぐに、私たちは承認欲求を満たすために属しているコミュニティの中で正解とされていることに自分を順応させていくからです。

人生を変えるには環境を変えることが大切ってよく言われますけど、それだけ私たちは周りの環境に影響されるものなんですね。

なぜなら、そのコミュニティで承認を得るためにはその中における正解を満たすことが手っ取り早いからです。

 

たとえば大多数の大学生であれば、友達の数やイケてる特技(音楽、ファッション、スポーツ、、、)などです。

これらの価値観という指標において正解を満たすことで承認を得ようとします。

もっとダサい言葉で言うと、「イケてる自分」を目指します。

なんてったってその方が楽だから。

 

本当に自分がそれを望んでいるのか、それとも本当に望んでいることは誰かが用意した価値観の中で評価されることなのか。

これを混同している人が非常に多いんですよね。

ファッションが好きだと思っている人は、実はファッションという価値観の中で評価されることを望んでいるだけの可能性があるということです。

でも、そこでお洒落とされているのは単にイケてる古着屋の店員さんが作り出したものでしかないわけです。

そこで正解を出すことってめちゃくちゃ簡単なんですけど(ただコピペすればいいだけだから)、そこにはオリジナリティがないため、簡単に言ってしまえばつまらないんですよね。

そしてそれはその人自身の感性ではありません。

得てして同じコミュニティに属している人間が揃いも揃ってコピペみたいな服装になり、コピペのようなライフスタイルを選択していくわけです。

 

 

・・・・スケートパークって行ったことありますか?

スケボーをするための場所のことなんですけど、都内だとわりといろんな場所にあるんですよね。

 

で、そこで滑っている人たちを見ていると、もう見事なまでにみんな同じ格好をしているんです。

五つ星レストランのドレスコードなんかよりよっぽど厳しいんじゃないかってレベルに、みんながみんなオーバーサイズのパーカーかテロンテロンのTシャツに太めのパンツ、もちろん靴はスケシューです。

 

で、これはなにもその格好が滑りやすいからとか(若干はその面もあるかもしれませんが)そんな理由で同じ格好をしているわけではありません。

だって動きやすい格好なら他にも無数の選択肢がありますからね。

そんな選択肢を放棄して誰もが同じ格好をするのは、彼らのコミュニティにおいてその格好が「クール」であると定義されているからです。

 

スケーターのコミュニティにおいては、当然のことながらスケボーの上手い人が上位に位置します。

 

するとなにが起こるのか。

そう、スケボーが上手い人の身につけているものや行動、食べているものやお気に入りの喫茶店に至るまで、そのすべてが「クール」ということになるわけです。

そこに個人の趣味趣向などは関係ありません。

だから、スケーターたちは問答無用でみんな同じ格好をするわけです。

正解があるのであれば、それを満たすだけでいいから。

つまり、ほぼ全員がフォロワーだということです。

 

上だとか下だとか考えてないよ!って人がほとんどだとは思いますが、多くの人は潜在意識で相手を測っています。

これは人間の本能なので仕方ありません。

この言い方に抵抗があるのであれば「憧れ」と言ってもいいかもしれませんね。

自分と同じ価値観を共有している人の中で、そのトップにいる人(憧れの人)がクリエイターになります。

その人のやったこと言ったことが正解で、その他大勢は正解を満たすことに必死なフォロワーです。

 

つまりこの世界は、何を言うかではなく誰が言うかなのです。

 

スケボーの話だとあまり実感できないかもしれないので他の例を挙げます。

 

例えば、最近黒いマスクをしている人って増えましたよね。

特に若年層の間では多い気がします。

あれは最初、韓国の男性アイドルがつけてたんですよね。(多分)

日本にも韓国のアイドルが好きな人はたくさんいるため、彼ら彼女らがこぞって真似をし始めたわけです。

まあこれは昔ベッカムヘアーが流行ったのと同じように、よくある流行現象です。

 

でもここで大切なのは、「黒いマスク」自体に魅力があるわけではないということです。

だって格好良いのは髪型じゃなくてベッカムですよね?

ファッション的にマスクは黒い方が合うとか、この方が予防力が高いとか、そんな理由で黒いマスクが着用されているわけではありませんよね。

 

ただ単に、格好良い人たちが「黒いマスク」という正解を作った結果、多数のフォロワーがそれを追従しただけです。

フォロワーは黒いマスクが「格好良い」からそれを選択していると思っているでしょうが、実は選択させられているんです。

韓国のどこかのアイドルさんだけがクリエイターです。それ以外はフォロワー。

 

もちろん、黒いマスクをつけている人全員がこの理由でつけているわけではないでしょう。

しかし、例えばもし「黒いマスクはおじいちゃんおばあちゃんのもの」という価値観があったとしたらどうでしょう。

多分、若者は誰も付けなくなると思いませんか?

つまりはそういうことです。

自らの感性をもってして黒いマスクを選択している人などほとんどいません。

 

ありのままの自分を世界に示すと起こること

これ自体に良いも悪いもありません。

しかし、誰かが作った価値観を追いかけるのではなく、自分の「これが好き」という心の声に耳を傾けてその色を世界に示した方が人生が楽しくなります。

なぜなら、それはありのままの自分の姿を世界に示すことそのものだからです。

 

ありのままの自分の姿を世界に示すとどうなるのか。

そう、ありのままのあなたの存在そのものが承認されるということです。

誰かが作った価値観に自分を適応させて作った自分が承認されるのとは次元の違う安心感を得ることができるということです。

 

もちろん、あなたの好きが誰かにとって「ダサい」と切り捨てられることはあるでしょう。

しかし、そんな人とは趣味趣向が合わないだけです。

この事態を恐れて世界に自らを適応させようとするから、いつまで経ってもあなたは承認を求め続けるわけです。

だってそうして承認されるのは本当のあなたの姿ではないから。

 

物に限らず、あらゆる価値観において私たちは外部から与えられたスケールを持って自らのポジションを確保しようとしています。

でも、そんなものにはなんの価値もありません。

 

そんなスケールに惑わされることなく、自分だけの好きを感じて、自信を持ってその色を発信していくことです。

それでしかあなたが満たされることはありません。

逆に言えば、こうしてありのままの自分に誇りを持って生きることで、あなた自信がクリエイターとなり、気付けばあなた自身がブランドになっています。

 

ということで、今日はあなたも今日からクリエイター!という話でした。そんじゃまた!

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