劣等感をなくすための即効薬!

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こんちわ。

 

今日はあなたの中にある常識を溶かしていきたいと思います。

この記事を読むことで、人生におけるほとんどの精神的な悩みは消えてしまいます。

あなたはコロナ渦で外出を自粛している中、一日中家でゴロゴロしてしまった自分に嫌気が差していませんか?

輝いているあの人と自分を比べて劣等感を感じていませんか?

 

そんな方が読んでいるのであれば、今日の記事を読むことで救われると思いますよ。

 

ではまず結論から。

 

あなたが小さい頃から今日に至るまでに獲得してきた「常識」は決して普遍の真理などではありません。

その多くは、あなたの幸せを願って親や先生が与えてくれた愛情です。

だから、それらを守れなくても全然大丈夫です。ただ幸せになれないだけなので。

幸せになりたいのであれば守ればいい。それだけの話です。

 

まあ、「普通」の考え方ではないかもしれません。

価値観ってその人をその人たらしめているとても大切なものなのでそれを否定されることにすごく抵抗を覚える人が多いんですけど、これを機にあなたを苦しめるその強固な価値観について考え直してみてください。

 

この世に絶対的に「善い」ことなんてない

 

私たちは例外なくなんらかの価値観を持って生きています。

価値観がなければこの世界を構築することができないので。

 

で、私たちはおぎゃーと産まれてここまでくる間に本当に数え切れないくらいの価値観を獲得してきているんですよね。

 

努力しないといけない。

人に優しくしないといけない。

人を馬鹿にしてはいけない。

 

こんな常識のことです。

 

でも実は、これらの言葉の先頭には(幸せになるためには)←この言葉が抜けています。

 

(幸せになるためには)努力しないといけない。

(幸せになるためには)人に優しくしないといけない。

(幸せになるためには)人を馬鹿にしてはいけない。

 

こんな具合にね。

それを(幸せになるためには)をとって覚えちゃうからおかしくなる。

絶対視しちゃうからこれらを守れなかった時にそんな自分を「駄目」な存在なんだと思い込む。

 

そして、人生において幸せにならなければいけないなんていう決まりはありません。

ただ多くの人が願っているだけです。

幸せになりたいのであればこれらの教えを実践すればいいし、そうでもないのであれば実践しなければいいだけの話です。

実践したくてもできないのであれば幸せになれませんし、一生懸命頑張れるのであれば幸せになれます。というかその可能性が高くなります。

 

それと同様に、人を傷つけてはいけないというルールだってこの世には元々ありません。

究極を言えば、人を殺めてはいけないというルールだってこの世には元々ありません。

このような倫理的な話だって、この世の絶対的原則ではありません。

 

もちろん、そんな自分勝手なことをする人間がいるとこの世界の秩序が守れなくなくなるため、法律というルールを後発的に私たちは生み出したわけですが、法律だってその時代に応じて変わっていくものです。

法律ではなく倫理の話だというのであれば、毎日あらゆる命を殺生して生きている私たちはどうなるのでしょう。

人間だけが特別なんですか?

 

つまり、あなたが今思い込んでいるその価値観という常識は何も絶対的なものではなく、その前提に「幸せになりたい」という願望が隠れているわけです。

そして誰もが幸せを願うため、この言葉が省略されて何か絶対的な価値観であると勘違いしてしまうわけです。

 

価値観を相対化すると絶対的な自信が持てる

 

どうしてこんなややこしいことを言っているのかというと、何かの価値観を絶対的なものであると勘違いした途端に、私たちはその価値観の上で自分を定義してしまうからです。それはもったいないというか、無駄に劣等感を抱くことに繋がるんですよね。

結果として、幸せになるために誰かが与えてくれた愛情によって不幸になってしまうんです。

 

たとえあなたが努力できなくても、嫌なことから逃げ続けていても、大切な人を傷つけてしまっても、自分のために嘘をついてしまっても、決して「悪い」存在ではありませんし、それを理由に劣等感を抱く必要なんて全くありません。

ただそれを続けていたら幸せになれない可能性が高いよってだけです。

 

嫌なことから逃げていたら楽しいこともやってこないし、大切な人を傷つけてしまったら自分も傷つく。人を馬鹿にしたら周りから人がいなくなる。

それ以上でもそれ以下でもありません。

 

親はそれを知っていたから私たちに教えてくれていたんです。

私たちの幸せを願ってくれていたから。

 

私たちが苦しむのって、例外なくなんらかの価値観を絶対視しているからなんですよ。

法律とか。道徳とか。マナーとか。親からの教えとか。

 

時にはこれらを犯す人をさも極悪人であるかのように批判したり。

これらの価値観を犯してしまった自分を卑下したり。

 

でも、この世に絶対的に「善い」ことも「悪い」こともありません。

だって少し前の時代なら「奥さんの数は多い方が偉い」なんて国もあったんですよ?

戦時中なら、殺してきた兵士の数が多い程讃えられたんでしょう。

それくらいあなたが持っている価値観という常識なんて変わりうるものなんです。

 

だから、価値観の上で自分を捉えることをやめましょう。

 

この世界観にシフトした瞬間にあなたから劣等感が消えます。

絶対的な自信を手に入れることができます。

だって劣等感を感じるということはなんらかの価値観の上で自分を評価しているということだから。

 

なんらかの価値観の上で自己認識をするのではなく、そのままのあなたで身軽に生きていった方が幸せですよ。

ちなみに、このマインドを持っている人は結果として他者承認も得ることができて自分の願望も実現でき、精神のみならず物質的にもどんどん豊かになります。

それはなぜかって、長くなってきたので今回はここでおしまいにしますけど。

続きは次回に回します。

 

まとめ

私たちを苦しめているのは常識という価値観です。

そしてその価値観は ”幸せになるために” 満たさなければならない行動でしかありません。

そしてあなたは幸せにならなけれないけないわけではありません。

 

したがって、もしあなたが幸せを望むのであれば、

人に優しくしないといけないし、

嘘をついてはいけないし、

努力をしなければなりません。

 

あなたが世界の中心でない以上、自分勝手なことをすれば不幸になるというのはこの世の原則ですし、努力をしなければ平坦な日常を歩むことになり幸せを感じられないのもこの世の法則です。

でもそれはあくまでも「幸せになるために必要なこと」でしかないので、たとえ努力ができずにぐうたら家でゴロゴロして誰の役にも立っていなかったとしても、あなたは劣等感を感じる必要なんてありません。ただし、幸せになることも難しいでしょう。

 

利己的な生き方に感じるでしょうか。

それじゃ偽善じゃないかと思うでしょうか。

でも、この世は相対性の世界です。

何かを決めることで何かが決まる世界です。

唯一絶対なんてありません。

それがあるとするのなら、私たち自身が感じる心の声です。

幸せになりたい、幸せになってほしい、助けてあげたい、輝いていたい、、

これらの気持ちが私たちの人生の唯一の正解です。

 

 

まあこんな感じで今日は常識に基づいて自己評価を確立する危うさについてのお話でした。

変な世界観かもしれませんが、この情報を咀嚼した上であなた自身でよく考えてみてくださいね。

 

そんじゃまた!

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